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福神漬けの碑
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べったら市
福神漬け
の碑
愛染院にある
練馬大根碑と
鐘楼
浄光寺にある福神漬の碑
福神漬の碑(浄光寺)
JR山手線・京浜東北線・地下鉄千代田線西日暮里駅下車
線路沿いの台地に諏訪神社があり、その隣に浄光寺(別名雪見寺)がある。
東京都荒川区西日暮里3丁目4−3
浄光寺 浄光寺

福神漬発明者野田清右衛門表彰碑
従三位勲一等 村田 保氏揮毫
建立者 風戸弥太郎、堀江良太郎、田中新蔵、内田勇太郎、山田箕之助、朝比奈銀次郎、岩堀小太郎、西貝富太郎、西村小市、加藤歌吉、村田与兵衛、山本半蔵、青木平四郎、綾部清三朗、細中源蔵、須崎善四郎。

村田保
明治大正期の官僚・政治家
大日本水産会創設時の副総裁。貴族院議員(勅撰)勲一等。
わが国水産会の功労者。
天保13年(1843)生まれ、大正14年(1925)死去。肥前唐津藩。
早くから新政府に出仕、司法官僚となる。明治4年英国留学、法律学を学ぶ。法律に関する著書がある。欧州留学中水産学を志し、明治15年大日本水産会を創立、明治21年水産伝習所(今の東京海洋大学)創立することに尽力する。大日本水産会の幹事であったとき軍用として魚肉缶詰の採用を軍当局に勧告し、その結果として牛肉以外に軍需として魚肉を使用する缶詰を採用することとなった。日本の缶詰が発達したのは水産缶詰からで戦前は輸出品でもあった。
風戸弥太郎
日本和洋酒缶詰新聞社社長
山田箕之助
明治日本で初めて野菜缶詰を作った人と思われる。
村田与兵衛
京橋にあった缶詰漬物商
浄光寺にある福神漬の碑 碑

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